少年H

わたしが通っていた公立中学校に、イニシャルがHで「少年H」の文庫本を学ランのポケットに入れている男子がいた。

その男子を少年Hとする。
 
少年Hは吹奏楽部に所属していてトランペットを吹いていた。
中学1年生の部活動を決めるときに一緒に吹奏楽部を見学してトランペットの体験をした。
少年Hとわたしは同じくらい音が出せた。
少年Hは吹奏楽部に入ったがわたしは入らなかった。
 
定期テストの時は少年Hはわたしと学年1位の争いをしてた。
少年Hは授業を真面目に受けて、学習塾や英会話に通っていた。
少年Hは英語が得意だったようで英語の教科書を読むときは誰よりも大きな声で読んでいた。
あるときの英語のテストで学年でわたし1人だけ100点を取った
英語の先生は点数がよかった人の名前を発表してしまう人だった。
わたしは後ろの方の席だった。
「100点は1人だけ!○○ちゃんよ!」と先生が言ったとき何人か後ろを振り返った。
年Hも振り返った。
少年Hは一番前の席だった。
少年Hは98点か99点だった。
1問しか間違えていなかった。
答えの解説をしている先生が「この問題はひっかけね。素直な人は間違えるけど〜」と言ったときに少年Hは大きく頷いていた。
少年Hはその問題を間違えたのだろう。
大きな頷きはわたしがひねくれた人間だと言われたようだと思った
その問題は別にひっかけでもなんでもなかったと思う。
テスト返却の後の放課に少年Hはたぶん泣いてた。
涙を直接見たわけではない。
少年Hは席に座って目や鼻のあたりをティッシュで擦っていた。
机の上には丸まったティッシュがいくつかできていた。
少年Hはテストで100点が取れなくて悔しくて泣く人だった。
きっとたくさん勉強したのだろう。
わたしは中学生のときは谷川俊太郎の詩集やマザーグースを読んだりバッタやトカゲを捕まえて過ごしていたからテストが100点でも100点じゃなくてもどうでもよかった。
わたしは、少年Hはえらいなと思った。
少年Hは努力できる人だからだ。
少年Hは努力ができるからきちんと悔しくなれるのだ。
少年Hはわたしと同じ高校に進学した。
少年Hは高校に入っても吹奏楽部に入って吹奏楽を続けていた。
わたしは卓球部を続けずにヨット部に入った。
少年Hは女子の友達がたくさんできていた。
少年Hはグスタフという吹奏楽部特有の変なあだ名をつけられていた。
かわいい吹奏楽部の女子が少年Hをグスタフと呼んでいるのはおもしろかった。
少年Hは文系クラスに進んだ。
わたしは理系クラスに進んだ。
だから高校では1度も同じクラスにならなかった。
 
成人式の後の同窓会で少年Hと話をした。
少年Hは名大の法学部に通っていた。
真面目だった少年Hらしくて変わっていないと思った。
わたしがとある国立大学の水産学部に進学したことを伝えたら少年Hは「行く末は何になるの?」と言った。
成人式のときにはわたしはわたしでも自分が何になるのかわからなかったから「公務員。なれるかわからないけど」と言った。
わたしも「君は何になるの?」と聞いた。
法学部は何にでもなれるらしい。
「弁護士になったらわたしを弁護してよ」と頼んでおいた。
少年Hは大学では合唱部に入っているらしい。
高校のときの合唱コンクールで少年Hのクラスは少年Hの歌声でおかげで優勝したということを思い出した。
少年Hは大学で上手くやっているようだった。
判例を覚えるのが大変だと言っていた。
よくわからないけどわたしを弁護するために頑張って判例をたくさん覚えて欲しいと思った。
少年Hは真面目で努力家で負けず嫌いで勉強をしっかり続けていた
わたしはだらだらと好きなことだけをして過ごしてきた。
「行く末は何になるの?」とは中学の英語のテストで負けた仕返しに人生で成功して勝ってやるという意味だったのかもしれない。
ひねくれているわたしはそんなことを思ってしまった。
素直な少年Hはそんなこと思ってないかもしれない。